零れ話
無知な私
彼が紹介してくれた少女は、私の姉のような存在になった。
恥ずかしがりながらその事を彼女に伝えると、温かい笑みが向けられた。それが嬉しくて、人目も憚らずに彼女に抱きついた。
大好きな二人。何時か彼らは結婚し、夫婦になると信じて疑わなかったある日。私は一緒にいる二人にその事を伝えた。
何時かのように彼女が温かく微笑んでくれると信じていた私は、今思えば愚かだった。
私が言葉を発した後、一瞬、時が凍ったような雰囲気を感じ、私は戸惑った。 取り繕う様に言葉を紡ぐ彼女と、そんな彼女を悲しげに見つめる彼の様子に、私は二度とこの事を口にしないと決めた。
アカネ色の空とおもいで
春は始まりの季節。この年も、例年と変わらず、多くの人々が新しい学校や職場、土地で新しい生活を始める。初めてのことは不安や期待で心が揺れ動くことだろう。
ひとりの少女が綺麗に咲いている桜並木の下を通っている。心地よい風が彼女の横を通り過ぎ、肩ほどしかない髪を揺らしていく。
「おはよう。今年も綺麗に咲いたね」
桜の木を見ながら少女はにっこりと笑う。その表情は慈愛に満ちている。
「うわ!もうこんな時間だ。入学早々遅刻なんてシャレになんない」
腕にしている時計を見た少女は走り出す。新しい世界に向けて。
やはり兄妹
「貴女はお兄様相手になると、面白いぐらい感情がつかみにくくなるのね」
これが、先程までいた王太子が去った後の王女の第一声である。
彼女と王女初めて会ってもう3年が経つ。段々と分ってきたことだが、王族特有の人を引き付ける資質を持っている王女は、それを十分に活用して立ちまわっている。その罠にかかった人たちをどれほどまじかで見てきたことか。
まあ、彼女もその中の一人であるわけだが、他の人たちと違って一応この王女の親友という地位を手に入れた。彼女は自分のどこが良いのか思い当たる節が無いく、時折疑問に感じていた。
だが、しかし。
最近は何となくその理由の一つが分りつつある。
王女は楽しんでいるのだ、兄王子に対する彼女の反応を。
「そんなことはありませんよ」
彼女は王女の言葉ににっこりと、普段ならしないような満面の笑みを意図的に顔に浮かべる。
それにより、彼女が今非常に不機嫌だということが伝わったのだろう。王女は苦笑するだけでそれ以上何もいわなかった。
呼び声
「フィリア」
そうわたくしを呼ぶのは、一人しかいない。
振り返ると、やはりあの人が立っていた。
「こんなところで何をしているんだ」
「花を、見ていました」
以前出会った庭師が大切に植えてた花。
傲慢に、自然の理を変えてまで育てた、花。
自惚れているのかもしれないが、なぜか自分とこの花を重ねてしまっている。
「そんなところに長時間いたらまた倒れるだろう。こちらに来い」
結婚する前と今では、夫の態度が変わった。以前はたまに荒くはなるが、大抵丁寧な言葉遣いだった。その使い分けが以前は気持ち悪く感じていた。
今は、あの頃の方が良かったと思っている。まだ距離感がつかめていた。だが、今はどうだろう。分らない。
分らないことが、怖い。
ぼんやりとそんなことを考えながら、自分に差し出された手のひらに自分の手を乗せる。
いつまで自分はこの手を堂々ととることが出来るのだろう。
理を歪ませ納まった、王妃という地位に…いつまで座っていられるのだろう。
嵐が去った後
国王の不可解な訪問の後、フィリネグレイアは長い間彼が出て行った扉の前で硬直していた。
「本当に、あの人は何がしたいのかしら」
触られた頬に自分の手を当て、先程の行為を思い出すようにゆっくりとなでた。無意識のうちにしたその動作に、フィリネグレイアは何やら胸にもやもやしたものが生まれたのを感じた。
不愉快なそれを封じ込めて、フィリネグレイアは今度こそ寝るため寝台に身を横たえた。
彼女をおとす方法の一つ
「フィーって、声フェチよね」
突然告げられた自分の趣向に何と返答すればいいのか。
「どうして、そう思うの?」
「いや、思うとかいう予想じゃなくて確定。絶対フィーは声フェチよ」
断言されたことに同意したらいいのだろうか。しかし、そのような事今まで言われたこともなければ自覚したこともない。
「だってあの人の良いとこを聞いた答えが①政治力②統率力③声って。最初のところは納得よ。でも何故に最後に声が入る?」
そんなことを言われても、素直に答えるように言われたから浮かんだままに答えただけだ。
「あの人がフィーに対してしつこく話しかけるから、前々からそうじゃないかとは思っていたけど」
「どういうこと?」
あの人に話しかけられる事が何故、自分が声フェチである事を予測させたのだろうか。疑問に思い、首をかしげながら問う。
「貴女はあんまり見ないから分からないかもしれないけど、あの人公的な場以外だとすっごく無口なんだから」
触れられたくない想い。
「わたくしは貴方が分かりません!分からないのです」
そう彼女が絞り出した言葉は痛々しく、悲しみに満ちていた。
「何故わたくしの心を知ろうとするのです!?そんなもの知らなくても、わたくしは託された役目を全うして見せます。それ以外に、貴方は何を求めるというのです」
国王は溜息を吐き、フィリネグレイアに背を向けた。
その国王の態度に、胸がひどく傷んだ。
はじめまして2
「最初の目的地に行く前に、注意事項を説明します」
男性が提示してきた注意事項とは以下の事だった。
1.一人で行動しない事
2.知り合いを見ても決して話しかけない事
3.忠告を守る事
「最後に、この鈴を常に持っていて下さい」
男性が取り出し、テーブルに置いた鈴は小さく可愛らしいもので、紅い紐が付いたいた。
「身に着けていればいいんですか?」
置かれた鈴を受け取り手に乗せて見る。
「紐を使って腕につけるのが一番良いですが、衣服のポケットに入れておくだけでも大丈夫です」
「なら腕につけておきます。うっかりポッケから落ちたら、怖いですし」
私は赤い紐を使って左の手首に鈴をくくり付けた。
「以上で契約は完了です。早速ですが貴女の目的地へ向かいましょう」
男性から告げられてた言葉に肯き、鞄を持って男性と共に席を立った。
店を出る前、先程紅茶を運んでくれた店員さんに「ありがとうございました、お気を付けて」と声をかけられた。その言葉に私は振り返し軽く会釈する。店員さんは笑顔で返し、店から出る私を見送ってくれた。