零れ話
はじめまして1
ある穏やかな日。
私は自分の生きて来た時間を振り返る為、旅に出る。
「あの、こんにちわ」
最近の若者向けの喫茶店で待ち合わせをした。先に来ていたのであろう、前もって打ち合わせていた目印を持っている男性に話しかける。
「こんにちわ…貴女が札木巴恵さんですか」
その問いにはい、と答えると、男性は自分が座っている向かいの席に座るよう促した。
「はじめまして、白木といいます」
笑顔でそう名乗る男性にこちらも挨拶をした後、再び自己紹介をする。名乗り終わった時、店員が私の前に紅茶の入ったティーカップを置いた。まだ何も頼んでいない状態で飲み物が出て来た事に困惑し、店員を見るが、笑顔を返すだけでそのままテーブルから離れて行ってしまった。
そんなやり取りを見ていただろうに、男性は気にした風でもなく淡々と己のやるべき事を進めていく。
「早速ですが、依頼内容の確認をさせていただきます。ああ、飲物は私が先に注文させていただきました。ここの店のハーブティーは絶品ですから是非飲んでみて下さい」
私からのサービスです。と最後に付け加えられ、この飲物が来た経緯を知った。
「今回の依頼は、『貴女の生きて来た場所を巡る』というもので宜しいでしょうか」
テーブルの上に置いてあったファイルを見ながら此方に尋ねた事柄に、肯定の意を示す為頷く。
「では、こちらはその依頼を達成する為に全力でお手伝いさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
此方がお辞儀をすると、男性が「仕事ですから」と笑顔で返したが、それでも己の願いを叶えるために力を貸してくれるというのだ。だから再び宜しくお願いしますと言い、深くお辞儀をした。
その行動に男性は苦笑していたが、それ以上その事について何も言わず、話を先に進めた。
王国恋愛物語?
「あー、なんか面白いことないかしら。」
やる気のまったくない声を出し、組んだ足の上にひじをついて手の上にあごをのせるというはしたない格好をしているのは、このステンビア王国の第一皇女である。
「またそのようなことを仰って。午後には貴族のご令嬢とのお茶会があるではありませんか。それと、きちんと姿勢を正してくださいませ。」
いつものように、長年一緒にいる姉のような存在の侍女に注意される。とりあえず姿勢を正すが、まだぶつぶつと文句を言う。
「イシス?あの、宝石やらドレスやら自分の自慢話や、噂話しかしないお茶会が面白いと思う?まだ、古狸の巣窟の会議を見学しに行ったほうが面白いわ!」
姫の性格を熟知しているイシスは昼食の準備をしながら苦笑した。
「そう言われますが、お茶会も貴婦人としてのたしなみです。つまらないとお思いの噂話の中にも、重要なことが含まれている可能性があるのですよ?王族の勤めだと思って諦めてください。」
「王族の務め、ね…。」
「さあ、準備が整いました。いつまでも不貞腐れてないでお召し上がりください。」
深く溜息をつき、フィリアナ姫はそれまで座っていた椅子から立ち上がった。昼食が用意されたテーブルに向かい、椅子に座る。
「まあ、しかたないか。」
ぼそりと呟いた言葉は、誰の耳にも届かず、他の音の中に混ざって消えた。
「まあ、なんと綺麗な首飾りでしょう!どちらでお手に入れたのですか?」
「コレは先日、お父様がネスティア地方にお出掛けになったさい、私のためにそこの職人に作らせたものですの。」
「どおりでよく似合っておいでだわ。羨ましいですわ。」
「あなたのその耳飾り、とても美しいではないですか!もしかして、それは今流行のフィッツェアのものではなくて?」
「おわかりになりまして?私の誕生日に婚約者の方から頂きましたの。」
「まあ、羨ましいですわ。」
皆が笑いあうなか、フィリアナはつまらなさそうにお茶を飲んでいる。しかし、我関せづを貫き通いしていたフィリアナに1人の令嬢が嫌味ったらしく言い放った。
「そういえば、いつもフィリアナ様は質素な格好ですのね。」
無礼なもの言いだが別段フィリアナは気にしない。この貴族の令嬢もそれが分かっていての発言だろう。
話の矛先が自分に向き、フィリアナは『来たな』と少しうんざりした気持ちになる。まあ、そんなことを顔に出すようなへまはしないが。
「私、そのような装飾品に頼って己を強調したいとは思いませんの。過度の装飾品で自分自身の輝きを濁してしまうような愚かなことはするなんて私には真似出来ません」
おほほほほー、と暗に『私はお前らより綺麗なんじゃ』という挑発しかける。
案の定、貴族の令嬢たちはものの見事に固まった。
(約一名、そ知らぬ顔でお茶を飲んで和んでいた奴がいるが。)
そんななんとも言えない雰囲気に満足して、再びお茶を一口飲む。うん、おいしい。
お茶を堪能していたら、先ほどフィリアナに嫌味ったらしく言い放った令嬢が、我に返って再び言い放つ。
「お可哀想に。フィリアナ様は装飾品の輝きに負けておしまいなのですね。」
よよよ、とハンカチで目元をおさえこう言われた。きたきた、反撃がないと面白くない。後でイシスに怒られそうだが、内心にやりとほくそ笑む。
「あら、でもその輝きに負けている事に気づかない誰かさんよりは、そのことに気づいて自分にあっている格好をする方がよろしいんではなくて?」
そうして、言い返してきた令嬢と乾いた笑い声を上げる。他の令嬢たちは居心地悪そうにしていたが、そんなこと知ったこっちゃない。
令嬢たちの反応を楽しみながら過ごしていると、そろそろ時間だと侍女が終りを告げに来た。
面白くなってきたのだが、仕方ないので退室の挨拶をしてサロンを出て行く。やっと開放されるなんて、1ミリも思ってませんよ?ええ、本当ですとも。
部屋に入ると、さっそくイシスに小言を言われた。
「お疲れ様です姫様。またサヴィアナ様と言い合いをなさったそうですね。」
なぜもう知っているのかと驚く。なんと情報をつかむのが早いことか。
「あれほど、ご関係を悪くするような発言はお止めくださいと申したでしょう。もうお忘れですか?」
「あまりにもつまらない話ばかりするもんだからつい、ね。」
「そんなことばかりしてると、周りが皆敵ばかりになるわよ。」
笑いを含んだ声が後ろの方から聞こえる。振り返るとそこにはサロンにいた令嬢の一人、ラナがいた。
「ラナ様、そうお思いならフィリアナ様をお止めになってください。」
「ごめんなさい。つい、面白くて傍観してしまったの。」
本当に楽しかったらしく、クスクス笑いながら言う。一応謝ってはいるが形だけのようだ。
「あんたもなかなかに腹黒いからね。」
「あら、いやだ。第一皇子殿下よりはマシです。」
「まあ、そうだけど。」
ラナの言うとおり、第一皇子であるフィリアナの兄は古狸どもと対等に渡り合えるほど、何を考えているのか全く予想がつかない。フィリアナも何度、あの人の手の上で踊らされたことか…涙ものである。
自分が仕えている皇族の皇子を腹黒いといわれ、それを否定する事もできず、なんともいえない顔をしているイシスは、とりあえず訪れた客人をもてなすため、お茶を入れに退室していった。
「そういえば、今日どうして私の部屋に来たの?」
2人はそれぞれ、フィリアナの部屋にある椅子に座る。
「何か用事がなければ来てはいけないのかしら?」
「いや、普通はそうだろう。」
「私に普通とかいうものを求めても無駄だと、長い付き合いになるのに知らなかったの?」
「ああ、そうでした。私がアホでした。」
不敵に笑うラナを見てフィリアナはこめかみに指をあてる。軽く息を吐いて、今度は至極真面目な目でラナを見る。
「でも、ラナ。あんたは何の用事もなくここにくることはないわ。」
すると、彼女は深い溜息をついた。
「お父様から聞いたんだけど、あなた、リティア国に嫁ぐそうね。」
ラナの父は国王の忠臣の1人である。その縁で昔からラナと過ごしていたのだ。まあ、幼馴染というものだろうか。
それにしても、まだラナに伝わってなかったのかとフィリアナは少し驚いた。それが決まったのは、もう3ヶ月前だ。
「うん、まあねぇー。そういえば、最近までおじ様の領地の方に行ってたんだっけ?」
当の本人であるフィリアナはあっけらかんとした様子で答える。
「そうよ。手紙の一つや二つ寄こしてくれてもよかったんじゃない?」
恨めしそうに、フィリアナにいうが、まあそんなことはいいのよ、と話を続ける。
「あなたいいの?この国を離れることになるのよ?」
「もう決まった事よ。来月には出発するわ。あっちに行くとなかなか帰れなくなるわね。なんたって皇太子妃になるしね。」
コロコロ笑うフィリアナに、さすがのラナもあきれた。
信じてほしい想い 届かない願い 2
「安心してください。私は決して貴方からの愛を求めません」
美しい笑顔で紡がれた、残酷な言葉。いや、彼女にそう言わせてしまったことが残酷なのか。
以前の自分ならこの言葉で傷つくことはなかっただろう。ただ彼女の言葉を受け止め、少し面倒だと思うだけだっただろう。
「俺も愛いている」
そう告げると、彼女は驚いたような表情をして再びその言葉を告げる。
「私“は”貴方を愛していますよ?」
このまま自分は、一度も彼女に己の愛情を受け取ってもらえないのだろうか。
愛されているのに愛せない。
この時、初めて一方通行の想いを抱く切なさを覚えた。
兄の苦労
可愛い妹とあの男の結婚に。
そう主張しているのに、目の前にいる妻と当の本人である妹は俺の主張を全く受け取らない。妻は呆れた風な表情をし、妹は困ったように笑っている。
「なんだ、その反応は」
憮然としながら出されたお茶を飲む俺に妻が言う。
「当り前でしょ。何で今さらそんなこと言うのよ。彼女が可哀想でしょう!」
「お義姉さま、わたくしは大丈夫です。でもやはりお兄様はわたくしが王妃だということが心配なのですね。不甲斐ない妹で申し訳ありません。お兄様のご期待に添えるよう日々精進していきます」
それはそれは美しい笑顔で宣言され、俺は頭を抱えた。何故そのような解釈をするんだ、我が妹よ。
妻は義妹の発言で俺を見る目が呆れたそれから、憐れむものに変わった。
「フィーは立派にやっている。お前が過労で疲れないか心配になるほどにな。俺が言いたいのは、あいつがフィーを滅多に実家に帰らせない程、自分の手元から離さないことだ。あいつ、俺がどれだけフィーを眼と鼻の先にある実家に帰らせろと言っても、全然聞く耳持たない」
「それは懲りたからでしょ?結婚した最初のころに実家に帰らせたら、一カ月間帰さなかったじゃない。最後の方なんて催促に来た使者の方泣いてて不憫だったわ」
ため息を吐く妻に俺は当然のことをしたまでだと言ってみせる。
「あれはあいつが悪い。フィーをだまして傷つけた。そう簡単に返せるか」
当時のことを思い出して腹が立ってきた。
「お兄様、あれはわたくしがあの人の言葉を鵜呑みにしてそれまで行った数々の行動が恥ずかしかっただけで、傷ついていたわけでは」
「全てあいつが悪い」
妹が主張してきても、俺の認識は変わらない。むしろあいつが自分で蒔いた種じゃないか。それこそ自業自得だ。
「それにしても、良く今回許可が下りたわね」
そう、今いるここは滅多に帰ってこれなかった実家なのである。
「はい。お母様の体調が回復したという知らせが届きましたので、お願いしたところ快く送り出して下さいました」
2週間前から俺たちの母親は風邪を引いていた。年齢のせいもあってかなかなか回復しない母親を心配した父親が、王宮に上がらなかった。
それを知っているあいつが、可愛い妹の頼みを断れるはずがないか。
「リシュも一緒なので夕方には王宮へ戻らなくてはいけませんが、お母様の元気なお顔を見ることが出来て安心しました」
「次はあの人も一緒に来れればいいわね。きっとお義母様も喜ばれるわ」
「あいつ、今は今度制定される年金制度の調整にてんやわんやになってるみたいだな」
人ごとのように言う俺だが、本当に人ごとだ。俺の管轄は貿易の監理だから今回のこの大騒動に関わりがない。とはいってもその余波を受けることはある。いきなり人出が足りないからとあいつの側近たちにらちられたのは記憶に新しい。
「ようやく解決の目途がついたので、わたくしにお母様のお顔を見に行くようにと。今頃は死んだように眠っている頃じゃないでしょうか」
そう語る妹の眼差しはひどく優しく温かいものだった。
最初は妹の心が心配だったが、どうやらその心配はもう不要らしい。寂しいやら、嬉しいやら。
信じてほしい想い 届かない願い 1
生まれたときからの許婚。
私とあの人の関係の始まりは、それに近いものだった。
私は生まれた瞬間、篠田家に引き取られた。自分を生んだ人間がどのような人なのか、なぜ私が篠田家に引き取られたのか、未だに私は知らない。
きっと私から養父らに聞けば、彼らは隠さず全て教えてくれただろう。だが、そのようなことを聞いて何になる。
私を育て、愛しんでれたのは篠田家の人々だ。
そして、篠田家の人々以外にも幼いころから私を可愛がってくれた人がいた。
その人は篠田家と懇意にしている天城家の次男で、5歳年上の彼は私の良き遊び相手となってくれていた。
今思えば、彼を頻繁に家に呼び私たちの仲を親密なものにしたのは、将来結婚する者同士にしたいが為であったのだろうと分かる。
その目論見は見事成功し、彼は私の心に大きな影響を与える存在となった。また、彼に対しても自分はそういう存在なのだろう。
それの認識が間違っていたとは今でも思わない。
私が中学生、彼が高校生の時。
彼が私に紹介したい人がいると言い、一人の少女に合わせてくれた。
笑顔の美しい、少女だった。
いつか来る日
すみません、陛下を見かけませんでしたか?
陛下なら先程までここで兵たちの訓練をご覧になっておられたが
厨房の方へ行くと言っておられたぞ
すみません、陛下はこちらに居られますか?
陛下なら先程いらっしゃいましたが、少し前に出て行かれましたよ
中庭の方へ行かれるのを見ましたけど
すみません、陛下を見かけませんでしたか?
ああ、陛下ならちょっと前に城の方にお帰りになられましたよ
・
・
ああもう!あの方はどこに居られるのだ!!
はいはい、今日は陛下の休日だからなかなか捕まえられないのはしかたない
でも、もう何時間も探してるんですよ!?どうして会えないんですか!!
そりゃ上手く逃げてるんだろ
どうして
仕事したくないから(×2)
な!
以前仕事のし過ぎで王妃様に怒られて懲りたみたいだから
そうですね、あれは強烈でした
あの、王妃様が陛下をお怒りになられたのですか?
そ、あの王妃様が
何時間も駆けずり回ったお前に一つ良い事を教えてやる。今なら陛下はきっとあそこに居るぞ
あそこ、とは?
あのな…
教えてもらった場所は城の隅にある庭園の東屋だった。
そこに向かうと、中に一人の女性を見つけた。その方の方へ向かい、こちらに気付いた女性に礼をする。
女性は笑顔で肯き、近づく許可をくれた。
更に歩みを進めると、女性の膝に頭を乗せている陛下が穏やかに寝ておられた。
静かにという意向を伝えるため、口元に指を当てる女性の表情は優しさと陛下に対する愛情で溢れていた。