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兄の苦労

 
「だから俺は反対だったんだ」

 可愛い妹とあの男の結婚に。
 そう主張しているのに、目の前にいる妻と当の本人である妹は俺の主張を全く受け取らない。妻は呆れた風な表情をし、妹は困ったように笑っている。

「なんだ、その反応は」

 憮然としながら出されたお茶を飲む俺に妻が言う。

「当り前でしょ。何で今さらそんなこと言うのよ。彼女が可哀想でしょう!」

「お義姉さま、わたくしは大丈夫です。でもやはりお兄様はわたくしが王妃だということが心配なのですね。不甲斐ない妹で申し訳ありません。お兄様のご期待に添えるよう日々精進していきます」

 それはそれは美しい笑顔で宣言され、俺は頭を抱えた。何故そのような解釈をするんだ、我が妹よ。
 妻は義妹の発言で俺を見る目が呆れたそれから、憐れむものに変わった。

「フィーは立派にやっている。お前が過労で疲れないか心配になるほどにな。俺が言いたいのは、あいつがフィーを滅多に実家に帰らせない程、自分の手元から離さないことだ。あいつ、俺がどれだけフィーを眼と鼻の先にある実家に帰らせろと言っても、全然聞く耳持たない」

「それは懲りたからでしょ?結婚した最初のころに実家に帰らせたら、一カ月間帰さなかったじゃない。最後の方なんて催促に来た使者の方泣いてて不憫だったわ」

 ため息を吐く妻に俺は当然のことをしたまでだと言ってみせる。

「あれはあいつが悪い。フィーをだまして傷つけた。そう簡単に返せるか」

 当時のことを思い出して腹が立ってきた。

「お兄様、あれはわたくしがあの人の言葉を鵜呑みにしてそれまで行った数々の行動が恥ずかしかっただけで、傷ついていたわけでは」

「全てあいつが悪い」

 妹が主張してきても、俺の認識は変わらない。むしろあいつが自分で蒔いた種じゃないか。それこそ自業自得だ。

「それにしても、良く今回許可が下りたわね」

 そう、今いるここは滅多に帰ってこれなかった実家なのである。

「はい。お母様の体調が回復したという知らせが届きましたので、お願いしたところ快く送り出して下さいました」

 2週間前から俺たちの母親は風邪を引いていた。年齢のせいもあってかなかなか回復しない母親を心配した父親が、王宮に上がらなかった。
 それを知っているあいつが、可愛い妹の頼みを断れるはずがないか。

「リシュも一緒なので夕方には王宮へ戻らなくてはいけませんが、お母様の元気なお顔を見ることが出来て安心しました」

「次はあの人も一緒に来れればいいわね。きっとお義母様も喜ばれるわ」

「あいつ、今は今度制定される年金制度の調整にてんやわんやになってるみたいだな」

 人ごとのように言う俺だが、本当に人ごとだ。俺の管轄は貿易の監理だから今回のこの大騒動に関わりがない。とはいってもその余波を受けることはある。いきなり人出が足りないからとあいつの側近たちにらちられたのは記憶に新しい。

「ようやく解決の目途がついたので、わたくしにお母様のお顔を見に行くようにと。今頃は死んだように眠っている頃じゃないでしょうか」

 そう語る妹の眼差しはひどく優しく温かいものだった。
 最初は妹の心が心配だったが、どうやらその心配はもう不要らしい。寂しいやら、嬉しいやら。


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