零れ話
彼女をおとす方法の一つ
「フィーって、声フェチよね」
突然告げられた自分の趣向に何と返答すればいいのか。
「どうして、そう思うの?」
「いや、思うとかいう予想じゃなくて確定。絶対フィーは声フェチよ」
断言されたことに同意したらいいのだろうか。しかし、そのような事今まで言われたこともなければ自覚したこともない。
「だってあの人の良いとこを聞いた答えが①政治力②統率力③声って。最初のところは納得よ。でも何故に最後に声が入る?」
そんなことを言われても、素直に答えるように言われたから浮かんだままに答えただけだ。
「あの人がフィーに対してしつこく話しかけるから、前々からそうじゃないかとは思っていたけど」
「どういうこと?」
あの人に話しかけられる事が何故、自分が声フェチである事を予測させたのだろうか。疑問に思い、首をかしげながら問う。
「貴女はあんまり見ないから分からないかもしれないけど、あの人公的な場以外だとすっごく無口なんだから」
触れられたくない想い。
「わたくしは貴方が分かりません!分からないのです」
そう彼女が絞り出した言葉は痛々しく、悲しみに満ちていた。
「何故わたくしの心を知ろうとするのです!?そんなもの知らなくても、わたくしは託された役目を全うして見せます。それ以外に、貴方は何を求めるというのです」
国王は溜息を吐き、フィリネグレイアに背を向けた。
その国王の態度に、胸がひどく傷んだ。
兄の苦労
可愛い妹とあの男の結婚に。
そう主張しているのに、目の前にいる妻と当の本人である妹は俺の主張を全く受け取らない。妻は呆れた風な表情をし、妹は困ったように笑っている。
「なんだ、その反応は」
憮然としながら出されたお茶を飲む俺に妻が言う。
「当り前でしょ。何で今さらそんなこと言うのよ。彼女が可哀想でしょう!」
「お義姉さま、わたくしは大丈夫です。でもやはりお兄様はわたくしが王妃だということが心配なのですね。不甲斐ない妹で申し訳ありません。お兄様のご期待に添えるよう日々精進していきます」
それはそれは美しい笑顔で宣言され、俺は頭を抱えた。何故そのような解釈をするんだ、我が妹よ。
妻は義妹の発言で俺を見る目が呆れたそれから、憐れむものに変わった。
「フィーは立派にやっている。お前が過労で疲れないか心配になるほどにな。俺が言いたいのは、あいつがフィーを滅多に実家に帰らせない程、自分の手元から離さないことだ。あいつ、俺がどれだけフィーを眼と鼻の先にある実家に帰らせろと言っても、全然聞く耳持たない」
「それは懲りたからでしょ?結婚した最初のころに実家に帰らせたら、一カ月間帰さなかったじゃない。最後の方なんて催促に来た使者の方泣いてて不憫だったわ」
ため息を吐く妻に俺は当然のことをしたまでだと言ってみせる。
「あれはあいつが悪い。フィーをだまして傷つけた。そう簡単に返せるか」
当時のことを思い出して腹が立ってきた。
「お兄様、あれはわたくしがあの人の言葉を鵜呑みにしてそれまで行った数々の行動が恥ずかしかっただけで、傷ついていたわけでは」
「全てあいつが悪い」
妹が主張してきても、俺の認識は変わらない。むしろあいつが自分で蒔いた種じゃないか。それこそ自業自得だ。
「それにしても、良く今回許可が下りたわね」
そう、今いるここは滅多に帰ってこれなかった実家なのである。
「はい。お母様の体調が回復したという知らせが届きましたので、お願いしたところ快く送り出して下さいました」
2週間前から俺たちの母親は風邪を引いていた。年齢のせいもあってかなかなか回復しない母親を心配した父親が、王宮に上がらなかった。
それを知っているあいつが、可愛い妹の頼みを断れるはずがないか。
「リシュも一緒なので夕方には王宮へ戻らなくてはいけませんが、お母様の元気なお顔を見ることが出来て安心しました」
「次はあの人も一緒に来れればいいわね。きっとお義母様も喜ばれるわ」
「あいつ、今は今度制定される年金制度の調整にてんやわんやになってるみたいだな」
人ごとのように言う俺だが、本当に人ごとだ。俺の管轄は貿易の監理だから今回のこの大騒動に関わりがない。とはいってもその余波を受けることはある。いきなり人出が足りないからとあいつの側近たちにらちられたのは記憶に新しい。
「ようやく解決の目途がついたので、わたくしにお母様のお顔を見に行くようにと。今頃は死んだように眠っている頃じゃないでしょうか」
そう語る妹の眼差しはひどく優しく温かいものだった。
最初は妹の心が心配だったが、どうやらその心配はもう不要らしい。寂しいやら、嬉しいやら。
いつか来る日
すみません、陛下を見かけませんでしたか?
陛下なら先程までここで兵たちの訓練をご覧になっておられたが
厨房の方へ行くと言っておられたぞ
すみません、陛下はこちらに居られますか?
陛下なら先程いらっしゃいましたが、少し前に出て行かれましたよ
中庭の方へ行かれるのを見ましたけど
すみません、陛下を見かけませんでしたか?
ああ、陛下ならちょっと前に城の方にお帰りになられましたよ
・
・
ああもう!あの方はどこに居られるのだ!!
はいはい、今日は陛下の休日だからなかなか捕まえられないのはしかたない
でも、もう何時間も探してるんですよ!?どうして会えないんですか!!
そりゃ上手く逃げてるんだろ
どうして
仕事したくないから(×2)
な!
以前仕事のし過ぎで王妃様に怒られて懲りたみたいだから
そうですね、あれは強烈でした
あの、王妃様が陛下をお怒りになられたのですか?
そ、あの王妃様が
何時間も駆けずり回ったお前に一つ良い事を教えてやる。今なら陛下はきっとあそこに居るぞ
あそこ、とは?
あのな…
教えてもらった場所は城の隅にある庭園の東屋だった。
そこに向かうと、中に一人の女性を見つけた。その方の方へ向かい、こちらに気付いた女性に礼をする。
女性は笑顔で肯き、近づく許可をくれた。
更に歩みを進めると、女性の膝に頭を乗せている陛下が穏やかに寝ておられた。
静かにという意向を伝えるため、口元に指を当てる女性の表情は優しさと陛下に対する愛情で溢れていた。