零れ話
私の願い
「橘美春さん、ですか?」
ぼんやりと立っていた私は知らない男性に声をかけられた。
「はい。そうですけど」
「私は白木と申します。はじめまして」
男性に声をかけれる理由が分からない私は眉間に皺を寄せ怪訝な顔をした。そんな私に彼は穏やかな笑みを浮かべたまま告げた。
「貴女の願いを叶えに来ました」
ずっと会いたいと思っていた。
でも、いくらこちらから連絡しても得られるのは返事をしないという彼女からの拒絶。
やがてその拒絶に耐えられなくなり、私は彼女と会おうとするのを止めた。
それでも、私は彼女を求めていた。
違う親から生まれたはずなのに、己の半身のような存在を。
もう少し時が経ったら、彼女に会いに行こう。
そう思いながらも行動に移せずに何年も経ち、成人になる数カ月前私の終わりのカウントダウンが始まった。
体調が悪く風邪を引いてしまったのだろうかと思っていながらも、あまり気に留めず過ごしていた。そして授業中に私は倒れた。
運ばれた病院で告げられたのは余命数カ月だと言う事。
その事が分かった瞬間、ああ、彼女もう会えないのだろうと思った。
そしてあの人を残して私はいなくなってしまうのかと思った。
あの人は私の幼馴染で、幼い頃は兄のように慕い、今は将来の伴侶として愛している人。
私が成人したら結婚しようと約束していた。
でも、私は成人するまで生きられない。
その事実に身が引きちぎられそうなほどの悲しみを味わった。
自分が生きている時間を長くしようと頑張ったけれど、どうしても勝てなくて。
私は自分が生まれたその日に二度と目覚めない眠り落ちた。
彼女にはやっぱり最後まで会えなかった。
あの人とはやっぱり一緒になれなかった。
両親を、弟を悲しませてしまった事に胸が痛んだけれど、心残りは2人の事。
私が最も愛した2人。
2人を思いながら眠りに着いたら、何故か私の目の前に見知らぬ男性がいて、私の願いを叶えてくれると言う。
ならば叶えて貰おう。
私の愛する2人の心が悲鳴を上げ続けている。
それを癒すことが出来なくても、優しく包み込みたい。
そして私の愛する2人がお互いを愛おしく思ってくれたなら、これ以上嬉しい事はない。
私はそう思う。
私の望みを告げた後、男性は力を貸してくれた。
もうこちらにいてはいけない存在だから、彼らがどうなるのかずっと見守る事は出来ないけれど、男性が教えてくれた。
私はまた彼らと一緒にいられると。
正確には私ではない私だけれど、呼ぶ名は同じだと。
未来が確定することはないから絶対ではないが、私が願ったことで2人の歩む道が重なり始めたらしい。
貴方は未来が分かるの?と私が尋ねると、男性は苦笑した。
自分には未来を見る力は無い。大事な人が時折一番可能性が高い未来を見る事がある。そう少し辛そうに答えてくれた。
私はそうとしか言えなかった。
こんな話を少しして、私と男性はあの人と彼女に会いに行った。正確には男性の力を借りて私が会いに行った。
最初はあの人の所へ。
あの人は私を失った悲しみが深かったけれど、きちんと前に進んでくれていた。その事に私は安堵した。
最後は彼女の所へ。
彼女は悲しみと後悔に苛まれていた。
だから私は私がいなくなった事実を私の思いと共に彼女の中に眠らせてもらった。
段々と私がいない事実を刷り込ませていく。全てを思い出した彼女が再び壊れてしまわないように。
こうして私は不安を残しながらも男性に願いを叶えてもらった。
「どうして、私の願いを叶えてくれたのですか」
「それが私の仕事だからです」
「どうして、私はまだここにいるのでしょうか」
「強い思いが、貴女をここに引きとめている」
首を傾げると男性が答えてくれた。
「貴女が2人を強く案じたように、貴女の思い人が貴女を引きとめていた。今彼女はその事を忘れてしまっている上に、貴女の強い思いも消化されつつある。だから貴女はもうここにはいられない」
「その為に私の願いを叶えたということですか」
「それが私の仕事ですから」
男性は笑みを浮かべて答えた。
まあ、そんな事だろうとは思っていた。己はもうここの住人ではないのだから。
そして帰らなければと感じている。ここではないどこかに。
「願いを叶えてくださってありがとうございました」
「お役に建てて光栄です」
「さようなら」
私は笑って男性と別れた。
まだ私の周りにいてくれた人たちは、まだ、私を思い出すと悲しんでいる。だけど、いつかきっと悲しい気持ちだけでなく、暖かい気持ちで私を懐かしんでくれる時が来る。
その時が来るのを信じて私は旅立つ。
きっと、大丈夫。