零れ話
一緒にいよう。
目が覚めて私は全てを思い出した。
彼女が亡くなった時、私は彼女の弟から連絡を貰った。
「もしもし。奈々美さんですか?美春の弟の春樹です」
「春樹君?ええ?お久しぶりです。どうしたの?君が連絡してくるなんて」
彼女を通して少しばかり交流があったとはいえ、彼女にすら数年もの間連絡を取っていない状態で何故彼から連絡が来たのか皆目見当がつかない。
彼は言いにくいのか、しばしの間沈黙していたが、用件を私に告げた。
「姉の美春が、今日亡くなりました」
「え?」
彼の言っている事が理解出来なかった。冗談だろうとも思ったが、姉を慕っている彼がそんな冗談を言うはずがない。
私はいきなり提示された事実に愕然とした。
「明後日葬式があります。姉さんは奈々美さんに見送って欲しいと思っていたはずです」
ここから私はどう行動していたのかあまり覚えていない。
春樹君には式に出席すると返事をしたのだろう、次の日には地元に戻り、彼女の葬式に参列した。
その頃の私はしっかりと受け答えをしていたそうだ。だが、その記憶が私には無い。
後日知り合いにその事を話すと、そうだったのかと納得された。
彼女が亡くなった後の私は日常生活を問題無く送っていたが、全く笑わなくなってしまったらしい。泣く事もなかった。
それがある日突然以前の私に戻ったそうだ。
それは何時だったかと聞くと、夏から秋に変わる頃だったと言われた。
ああ、私は彼女に救われたのだとそれを聞いて思った。
あれから数年後、私は今、彼女の眠る場所で手を合わせている。
隣にはまだ幼い私の娘が。先程まで一緒に手を合わせて祈っていたが彼女はもう飽きてしまったらしく私に寄りかかっている。
その重さと温かさを感じつつ私は彼女に語りかける。
前に来た後に起こった事。
あの人に対する小さな愚痴。
小さい娘の嬉しい成長と困ってしまった我が儘の事。
「お母さん、まだー?」
娘がぐずり始めた。
これ以上待たせてしまったら怒られる。私は目を開け彼女を見た。
「もうおしまい。さ、おばあちゃんのとこに行こうか」
私は立ち上がり彼女に手を差し伸べた。
彼女は満面の笑みを浮かべ、私の手に己の手を重ねた。
小さな暖かい手を優しく包み込む。
ああ、彼女は生きている。
私は湧きあがる喜びに泣きそうになった。
彼女は歩き始めた。私も共に歩き始める。
彼女の様に、美しい春に生まれた私の子。
あの時、最後に彼女が私に会いに来てくれた時に告げていた様に、彼女はまた私と一緒にいてくれる。
今度は遠い未来に私が彼女を置いて行ってしまうけれど、それまで一緒に。