零れ話
彼女の願い
目が覚めると、私はベットの中で寝いていた。
目覚めたばかりで意識がはっきりしない。
何か大事な事があったはずなのだが、ぼんやりとしていて形を成すことが出来ない。
私は思い出そうとする事を止めてベットから降りた。
暑さが残る秋が過ぎ、冬が来て、やがて年が明けた。
私は成人式に出席するため数カ月ぶりに地元に帰って来た。
午前中は振袖を着て式に参加し、私は彼女を探したが、会うことは出来なかった。
式の後、私は母親に会場近くまで車で迎えに来てもらい、実家に戻った。
そのまま母親に手伝ってもらい私服に着替える。身体が締め付けから解放され、無意識のうちに深く息を吐いた。
振袖は母親に任せ、その他の物を適当に片づける。
「式はどうだった?友達には会えた?」
「うん、だいたいの子は式に出席してた。容姿がすっかり変わってて教えてもらわないと分からないい子もいたよ」
「そういえば、お前を会場に送った後母さん買い物に行ったんだけどそこで久しぶりに美春ちゃんのお母さんに会ったよ」
「へえ」
私は気の無い返事をした。
「少し話をしたんだけど、最近になってようやく美春ちゃんの事から立ち直れたって。奈々美が式の時に来てくれて嬉しかったっておっしゃっていたよ」
この母親の言葉に私は身体が強張った。
「美春ちゃんが亡くなってもうすぐ一年が経つのね」
母親が言った事。
それが頭の中でわんわんと反響する。
美春が亡くなって、もうすぐ一年。
「奈々美?奈々美。どうしたの?」
動かなくなった私が心配になったのだろう。母親が不安そうな声で私を呼ぶ。
「ううん。・・・もう、いないと思ったら、寂しくなって」
まだ混乱した状態のままで何とか答える。
本当は母親に問い質したい。
何時、彼女は亡くなったのか。
どうして、彼女はいなくなってしまったのか。
何故、その事を私は覚えていない?
分からない事だらけなのに、何故かその事を知っている様な気がする。いや、知っているのだろう。でも、その事を認めたくないと自分は拒絶している。
「部屋に戻るね」
震える手を駆使して片づけを終わらせ、私はまだ母親が残しておいてくれている自室に戻る。
自室に入りベットに座ると、私は母親の言った事と自分が覚えている事実の整理をしようとした。
頭が痛い。
私はベットに身を横たえ、目を閉じた。
目を開けると、彼女が立っていた。
ああ、やはり彼女は生きているではないか。
私は安堵した。
「奈々ちゃん、ずっと心配だったけど、もう大丈夫だよね」
彼女の言葉に私は焦りを覚えた。
言葉を紡ごうとしたが、音が出ない。口は動くのに、言葉が出ない。
何を言っているの、美春。私は心の中で叫んだ。
彼女は悲しげに笑った。
「もう奈々ちゃんは大丈夫」
私は頭を振った。身体全身で彼女の言葉を否定する。
「あの人も、奈々ちゃんと同じ反応してた。似た者同士なんだね。きっと私よりも仲良く出来るよ」
彼女が何を言っているのか分からない。分りたくない。
「きっとあの人、私の誕生日に私に会いに来る。だから、奈々ちゃん。あの人に会って。それで、私の代わりにあの人を支えてあげて」
涙が溢れて来た。
悲しみと寂しさで胸が痛い。痛くて痛くて涙が止まらない。
嫌だ。
いなくなるのは嫌だ。
行かないで。
あの時、ようやくあの頃の事を謝ることが出来たのに。
これからも一緒にいられると思ったのに。
私は涙をボロボロとこぼしながら彼女を見つめ、音にならない声を、思いを彼女に向ける。だが、彼女は目を閉じて首を振り、私の思いを否定した。
「奈々ちゃんが私を好きでいてくれて嬉しい。とても、嬉しい。だけどね、私はもう行かなくちゃ」
言葉を話せても、彼女に私の思いが伝わっても、私の望む結果には決してならない事を悟った。
どうにもならない思いが生まれてくることに、私は顔を覆ってしまった。自分の心を傷つける感情から己を守るために。
そんな私を包み込んで守るように、彼女が私を抱きしめる。
こんなに温かいのに。
彼女はもう私と同じ世界で生きていないのだ。
「まだずっと先の事だけれど。ある人が教えてくれたの。私、また奈々ちゃんといられるようになるよ。違う私になって、2人と一緒にいられるから、それまで待っていて」
また会えるよ。
彼女はそう言い残していってしまった。