零れ話
ポッと浮かんだ話を無責任に投下。
俺と彼女の思い出 3
俺が町に来て一年か二年経った頃、彼女の父親が亡くなった。
朝、店の商品の仕込みをしている時に突然倒れたらしい。
倒れたその日に、彼女の父親は息を引き取った。
彼女の家族は父親1人だった。
彼女は1人になってしまった。
彼女の父親の葬式から数日後、閉まっていた店が開いた。
店に立っている彼女は以前と変わらず、笑顔で客の対応をしていた。
それでも、時折、酷く遠くを見つめる事が増えた。
彼女がその表情を浮かべているのを見た時、俺は不安を覚えた。
いつか彼女は突然消えてしまうのではないかと、怖くなった。
どうしたら彼女を助ける事が出来るだろうか。
そう考えた時、彼女が俺を助けてくれた時のことを思い出した。
慰めにもならないかもしれない。
だが、何もしないよりは。
俺は、彼女の店に行く際に、一輪の花を持っていく様になった。
俺が注文したものを彼女が準備している間に、俺は持ってきていた花をカウンターに置く。彼女が何かを言う前に、俺は商品を受け取り、料金を払って去る。
俺が花を女性の所に置いていることを彼女がどう受け止めるのか、確認するのが俺は怖かった。
この頃には、俺は彼女に惹かれているのだと自覚していたし、彼女の事を好いているのだろうと聞かれた際にはそうだと答えていた。
だが、彼女に対してはまだはっきりとした態度を示していない。
彼女の気持ちを聞ける程の覚悟を、この頃の俺は持っていなかった。
彼女の父親が亡くなって数カ月後、いつものように昼食を買い、仕事場に行こうとした俺を彼女が呼びとめた。
今まで何か言いたげにしていたことは幾度とあった。だが、大きな声で呼びとめられたことはなかったし、彼女が大声を出した所を見た事もなかった。だから、俺は思わず足を止めて、彼女の方を見た。
俺が視線を向けると、彼女は俺から視線を外した。
少しの間を開けた後、彼女は外した視線を俺に戻して言った。
お花、ありがとうございます。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めて俺に笑った。
この町に来てから良く見ていた、少し大人びた笑顔ではなく、幼い頃街で見た、あの満面の笑みだった。
俺はそれを見て泣きそうになった。
もう、大丈夫、ですね。
泣かないように、俺は笑った。
酷く不細工な顔だったに違いない。
俺は急いで仕事場に向かった。
俺を助けてくれた彼女を、救う事が出来ただろうか。
俺は少しでも役に立てただろうか。
その後も、俺と彼女の関係は店員と客、だった。
俺が積極的に彼女と親しくなろうと努力したなら、この関係は少し変わっていただろう。でも、この時はまだ、この関係を変えようと俺は思わなかった。
それでも、彼女が辛さよりも幸せを感じて生きて欲しい。そのために俺が出来ることを俺はする。 彼女の笑顔を見たときに誓ったんだ。
俺は、彼女が幸せになる方法を選ぶ。
だから、自国の平穏を脅かそうとするものがいると知った時、俺は迷わず旅に出た。 奴らを追っていると言う王女と共に、町を出た。
彼女の人生が、少しでも幸せなものになるように。
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