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私と彼の話

 心地よいまどろみに身を任せていると、隣にいた彼が起きあがった。温かさが離れたことで、私は目を開けて彼のいる方を見る。
 私が起きたことを気配で察したのか、背を向けていた彼がこちらを向いた。

「起こした?」

 彼のいる方と反対側に向けていた身体を仰向けにすると、目を閉じて私は首を横に振った。彼が寝ていた所に置いた私の手に、彼が手を重ねる。緩く握られた彼の手。その温かさから離れたくないと心の底から思った。
 だが、それが叶わないと分っている。
 私は出そうになった思いを閉じ込めて彼に問う。

「もう、夜が明けましたか?」

「だいぶ、明るくなってきた」

 やはり、もう時間がない。無意識のうちに彼と繋いでいる手に少し力を込めた。
 彼が優しく笑って私の頭を撫でる。

「情勢が落ち着いたら、一緒に暮らそうか」

 彼の方から未来への約束を口にするとは思わなかった。私は驚いて何も言葉が出ない。

「いや?」

 無言のまま彼を凝視していると、彼が言った。嫌なはずがない。彼の提案は私が心から欲している事だ。
 私は首を横に振った。

「待っています。貴方がここに帰ってくるのを、ずっと」

「いつになるか分らないけれど、ずっと待っていてくれる?」

 彼が見せた少しの不安に、私は嬉しくなった。彼は私を好いてくれているから、彼がいない間に私が他の誰かと一緒になるかもしれないという可能性に不安を覚えている。
 そんな心配は不要なのだと、私は笑みを浮かべた。

「待っています、ずっと」

 何度か男性からアプローチされたことがある。だが、どうしてもその思いを受け入れることが出来なかった。
 自分でもどうして彼に惹かれるのか不思議だった。彼とは親密とは言い難い関係だ。私が働く店に昼食を買いに来る客の1人だった彼。言葉を交わすのは注文の時と、たまに少しだけ会話をするぐらいだった。彼よりも親しい男性もいる。けれど。数年前、彼が悲しみで押しつぶされそうになっていた私の心を救ってくれた時から、私は彼に恋焦がれている。
 彼がいる限り、私は彼を思い続けるだろう。

「本当に?」

「本当です」

 念を押してくる彼に、私は笑った。

「いつでも帰って来て良いんです。貴方が望む時に、いつでも」


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